モテにおける7段階の成長過程〜女性恐怖症からモテる男に這い上がれ〜

 

きよぺーです。

あいつよりモテるブログ!
ご覧いただきまして、ありがとうございます。

さて、今回は、生きていく上で、非情に厳しい状況から、
ある程度、自分に満足のいく状態にまで成長することができた私自身を参考例として
「モテの成長過程」を7段階に分けて解説させていただこうかと思います。

結果、巨大な私のプロフィールのような記事になってしまいました。

ともかく、私が、この記事で特にお伝えしたいことは、
人とまともに接することが出来ないような方であっても、
「自分を変えるんだ」という気持ちを持ち続けることが出来れば、
ある程度、状況を改善することができるということ。

さらに、あなたが「女性好き」であれば、
ある程度、女性と楽しく過ごせるような男になれるということ。

これらをお伝えしたいのです。

とはいえ、私もまだまだ発展途上であると思っております。
なので、私ごときは踏み台と思って見ていただければと思います。

 

非モテからモテへの7段階

では、私の独自理論「非モテからモテへの7段階」
を解説させていただきます。

下図は非モテからモテまでを7段階に分けピラミッド型で示しているものです。

 

7moteru

最下層から、

1 対人恐怖症期

   ↓

2 女性恐怖症期

   ↓

3 女性別格視症期

   ↓

4 フロンティア期

   ↓

5 サシオファー期

   ↓

6 チャンスはモノにする期

   ↓

7 脱非モテ期

 

というように、対人恐怖症の状況からの成長過程を
モテというベクトルを用いて7段階に分けてみました。

ちなみにこのカテゴライズは、あくまで自分自身を参考としたものです。

医学部でもないのに、大学に6年間通った私が作った理論ですので、
医学的見地からのご指摘はご勘弁ください。

では、各階層の説明をさせていただきます。

 

【 第1段階 】 対人恐怖症期

7段階の最初は「対人恐怖症期」です。
いわゆる「人とまともに接することができない状態」です。

症状の軽重は別として、日本人の1割くらいが発症するといわれています。
案外、ポピュラーな病気と言えるかもしれません。

対人恐怖症が発症する潜在的な原因には、

  • 生まれつき神経質な方である場合
  • 親が過保護である場合

などが考えられるそうです。

実のところ、私の両親も私に対して非常に過保護でした。
なので、このことが私を対人恐怖症にしてしまった可能性もあります。

しかし、非常に大きな愛情で育ててくれたということです。
親を恨む気持ちは1ミリもありません。

 

私の場合は、高校生くらいから発症しました。

話すことが可能なのは、母親くらいなもので、
兄弟や父親ですら会話できないような状況でした。

中学生くらいまでは、どちらかと言えばクラスの人気者タイプであった私ですが
突然、人と接することが辛くなってしまいました。

自分を顧みるに、恐らく、

  • 思春期の波に乗り損ねた
  • 思春期の波に溺れた
  • 多感なこの時期に、何か自分の歯車に不具合が生じた

こんなことろが引き金になったと思われます。

このような状態でしたので、
高校時代は、

  • 昼食は一人で食べる
  • 班決め、ペア決めは地獄の苦痛
  • 文化祭や体育祭などのイベントには不参加

と、いうような完全無欠の非リア充でした。

当然、部活には参加せず、ドラクエやFFばかりやっていました。

 

その後、大学浪人時代に突入し、状況はさらに悪化します。
強制的に誰かに会うということがなくなったからです。

塾にも行かず、もはや誰としゃべることも苦痛となりました。

こんな状況がずっと続くのか。自分は何のために生まれてきたのか。
常時自己嫌悪に苛まれていました。

そんな私でしたが、浪人時代に大きな出会いがありました。
それは、太宰治『人間失格』でした。

主人公は、まさに自分自身。そのままじゃないか。
食い入るようにむさぼり読みました。

当時の私と、考え方など、通じるところが多々あったのです。

なにより私に希望を与えてくれたのは、
主人公が、女性にモテていたことです。

こんな心の状況であっても、モテるんだ。
人生をあきらめるのはまだ早い。

私の中で何かが燃え始めた時期でした。

その後、東京の大学へ進学した私は、人と接することに慣れる努力を始めました。

  • コンビニでの買い物
  • マックやモスでの食事
  • TSUTAYAでレンタル

こんなことすら出来なかったのですから驚きです。

そして、このような日々の行動について日記に収めていくことにしました。

大学入学式から始めた日記は、大学6年間、毎日書き続け、今でも私の大切な宝物です。
※2回留年しました

人のいる場所に慣れてきた頃からは、相手の目を見て
「ありがとうございます」を言うことを自分に義務付けしました。

初めは身体が震える気持ちでしたが、段々と慣れてきました。
そんな中、話の出来る男性の友人が出来てくるのでした。

 

【 第2段階 】 女性恐怖症期

他人と接することが出来ない時期からは抜け出すことができましたが、
やはり女性は別でした。「女性恐怖症」です。

コンビニだろうが、どこだろうが、
女性の目をまともに見ることは出来なかったのです。
女性とまともに接することが出来なかったのです。
・・・ある程度年齢をお取りの方は別ですが(^^;)

飲み会の話があった時に真っ先に気になるのが、女性がいるかどうかでした。
飲み会に女性が来るとわかれば、やんわりと参加を断りました。

女性がいる飲み会は、毒の沼地で過ごすようなもの。
とても辛かったのです。

そんな自分を変えようと私は一大決心をします。
それは、ファミレスでのアルバイトです。

ファミレスでのアルバイトであれば、有無を言わさず
女性と接することになりますからね。

私は、地元のファミレスに電話をしました。

特に応募のチラシなどを見たわけではありません。
当然、常時募集しているものと思っていたのです。

さらに面接時には履歴書も持たずに家を出ました。

面接の当日は、近所の本屋で2時間ほど、
アルバイトの面接についての本を立ち読みし、某有名ファミレスへ向かいました。

フロアーの端で店長さんと面接をすることになりました。

その時、たまたま近くの席に若い女性が4人で食事をしていたのですが、
私は、それを見て
「スパイだ!」
「僕は誘拐されるかもしれない!」
と、本気で思いました。

なぜ、私ごときをスパイするのでしょうか?
なで、若い女性が私を誘拐するのでしょうか?

書いていて恥ずかしいですが、
当時は、一般常識も一般感覚も何もかも持ち合わせていませんでした。

そんな私が、ファミレスのフロントの仕事を始めることになりました。

入ってびっくりしたのですが、フロントのスタッフは、ほとんど女子高生でした。
しかも当時流行のコギャル達です。

女性恐怖症にとって、女子高生は最凶最悪の存在です。
※女子高生の皆さん、スイマセン

目をみるどころか、身体の一部を見ることすらままなりません。
参勤交代の大名一団に平身低頭する民衆のようです。

そんな私にとって、当時の環境は、まさに拷問・・・

元々、人と接することが出来ないし、常識もない私でしたので、
超がつくほど、仕事ができませんでした。

毎日のようにコギャル軍団から叱責を受けました。
とても辛い日々でした。仕事に行きたくありませんでした。

勤務は、朝の6時から15時まで、週5日間。
大学の授業そっちのけで、私は人間修業の日々を続けました。

その結果、1年を過ぎる頃には、だいぶ女性に慣れてきたのでした。
とはいえ、非モテとの戦いの日々はまだまだ続きます。

 

【 第3段階 】 女性別格視症期

こんな言葉は、無いのだと思いますが、女性恐怖が薄れてきた私は、
別の症状が発症してきたのです。その名も「女性別格視症」です。

女性は、男性とは違う別格の存在。
カースト制度のごとき強烈な序列意識。
女尊男卑。

そんな感覚が芽生え始めたのでした。

女性の命令は全て聞く。
女性に口答えなどは許されない。
女性を敬い崇め奉る。

そんな私でしたので、女性を目の前にすると、
とにかく挙動がおかしくなります。

目はまともに見れないですし、
見ても、すぐ視線を反らしてしまいます。

手は落ち着かず、常に体のどこかをいじっています。
身体全体が微妙に震えます。

呼吸もままなりません。息も絶え絶え、まさに虫の息。

嫌われたくない。認められたい。
そんな思いから、不自然な挙動を取ってしまったのだと思います。

女性が恐怖の対象でなくなってきており、
徐々に、彼女が欲しいという健全な欲求が出てきたのですが、
女性を別格視しているようでは、全くモテません。

女性を別格視していてもいいですが、
とにかく挙動や言葉は普通にしなければなりません。

私は、唇を噛みしめ、女性と接するときにも
不審な行動をしないように頑張ることにしました。

このような努力を通じ、
女性の前で特別変な挙動になることを治していきました。

 

【 第4段階 】 フロンティア期

さて、女性の前でガクブルになる状態はなんとか改善されました。
非モテの中でも「症状」といえるような状況は脱したのだと思います。

ですが、まだまだ非モテである状況に変わりはありません。

ただ、この辺りから、自ら女性に話しかけるという
行動が取れるようになってきたのでした。「フロンティア期」です。

モテたいという意識が芽生えてきたのです。

しかし、元々非常識な非モテ男です。
差し障りのない会話というものができません。

入ってきたばかりのアルバイト女性に、
脈絡もなく「彼氏はいるの?」と聞いてしまう。

場合によっては「彼氏とやってるの?」と聞いてしまうことも・・・

同僚女性に対しては「いくつなのか?」「結婚しているのか?」
などなど信頼関係もなく質問してしまう。

相手に質問するばかりではありません。
「昨日こんなことがあった」「僕はこう思う」などと、
聞いてもいない、聞きたくもない話を延々としてしまう。

さらに救えないのは「俺なんか駄目な人間だ」「俺は一生童貞だ」
などというネガティブな言動。

極めつけは「モー娘。のなっちと結婚したい」「世界征服がしたい」
などなど万死に値する発言の数々。

相当痛い男でした。

突拍子もないことを言うことが、
面白いこと、女性が求めていること、
そんな風に勘違いしていたのです。

コモンセンス(常識・良識)が無いのは罪です。
当サイトでも、その重要性を訴えていきます。

とはいえ、最底辺から昇って行く過程においては、
仕方のない状態なのかもしれません。

モテたいという思いからくる行動が、
真逆の効果を生み出してしまっているだけ。

見方を変えれば、ようやく通常の非モテ男に
なることができたのかもしれません。

日々の振り返りで、自分の痛い部分に気づけたところは反省し
ときには猛省し、女性に話しかけるという努力を続けていきました。

 

【 第5段階 】 サシオファー期

さて、痛々しい発言はなかなか治らなかったものの、
しばらくすると、アルバイト先の女性とメールが出来るようにまでなりました。

しかし、複数の女友達が出来たというわけではありません。

特定の狙っている女の子に対して、
意を決してメアドが聞けるようになったのです。

このころは、遊びで女性と接するという考えがなかったため、
メールを交換する、全てが本命女性です。

メールの一通、一通が命がけ。重い内容の長文も多かったです。

「今日は、メールが何往復できた」
「僕が何通で、あの子からは何通」
こんな記録を日記につけていました。

送信メールは数十回も見直し、メール受信に全生命力を集中。
数秒ごとにセンター問い合わせ(笑)

メールが来るまで落ち着かず、追撃メール発信。

今考えると、バイト先でしょっちゅう会えるのに
メールで口説こうとしているところが非モテだな、と思います。

また、内容もおぞましいものでした。

『今日は、Aちゃんがいなくてさみしかったヨ』
『今夜は月がきれいだね』
『今から寝ます』
などなど、なかなか痛い内容でした。

特に厳しいのは、そんなことを言う関係性がないことです。
温まっていない仲で、こんなメール受け取ってもキモいだけです。

 

そんな痛々しい事例は多々あったものの、ついに、重要なステップにたどり着きました。
デートというイベントです。

デートといっても、ファミレスや喫茶店でお茶を飲むくらいなものですが、
私にとっては、ついに目指していた山の上にたどり着いたような気持ちでした。

特に誘っていたのは、アルバイトの新人ちゃんたちです。
中には高1の子もいました。

今考えると、なかなか恵まれた環境だったかもしれないですね。

死を決して、デートに誘い、
毎回、デートの直前は、吐き気と震えに耐えながら、
この世から消えてしまいたい気持ちになりながら、
デート現場に向かっていました。

女性と遊ぶのって、こんなに辛いことなのか。
世の男性は、よくこんなイベントを楽しく過ごせるものだな、と
当時は不思議に思っていました。

 

さて、デートまでなんとかこぎつけましたが、いまだ完全非モテな私です。

新人ちゃんたちもキモいとはいえ、アルバイトの先輩に誘われたため
やむを得ず付き合ってくれたにすぎません。

会話は全く弾むまず、沈黙が続き、別れ際に突然の告白(爆)
当然失敗します。

そして、その後気まずくなる。

しかし、高校生のアルバイトは数か月で辞めてしまうことはざらです。
たいてい、しばらくするとデートに誘った子は辞めていきます。

すぐに新たに新人が入ってくる。
そして、また私がキモいアプローチをする。

これの繰り返し。

長らく続けてきたファミレスのアルバイトを辞め
他のアルバイトに変えても同じようなことを繰り返していました。

当時、私からアプローチを受けていた方には、申し訳ない気持ちでいっぱいです。
この場を借りて、謝罪いたします。

 

【 第6段階 】 チャンスはモノにする期

さて、長らくサシオファー期から抜け出せずにいた私ですが、
20代も数年が経ち強力な仲間を手に入れました。

それは「アルコール様」です。

酔った女性とは、話しやすいですし、距離を縮めやすい。
さらに、女性のノリが良くなります。

そんな中、事故的なキスを数回経験しました。

しかし、たいていは次の日以降、気まずくなって終了。
あるいは、私から「また飲みに行こうよ」と
下心満載でオファーし、終了。まだまだ、非モテの日々が続きます。

 

この辺りから、ネット上で「モテる方法」を調べるようになりました。

しかし、上手くいくことはなく怪我をしてばかり。
そんな日々が続きます。

その後、28歳でようやく社会人になることができました
超ブラック企業ですが・・・

そして、非モテのまま、30歳を迎えてしまいました。

なかなかモテないなあ、なんて考えていたのですが、
ある日、とんでもない事実が頭をよぎったのでした。

ん?
ちょっと、待てよ!

このまま、年齢を重ねていくと・・・
どんどん老けていくだけ。

と、いうことは・・・
今が、俺の人生のモテのピークなのでは。

そんな、馬鹿な。

このような恐ろしい現実から逃れるため、
私は、引き続き、非モテなアプローチを続けていくのでした。

 

そんな中、私はどうしても『モテ』を
手に入れなくてはならない状況に陥りました。

恋をしてしまったのでした。

相手は、10歳年下の新人社員。
しかも、私が教育係をすることになった子です。

隣の席ということもあり、四六時中一緒にいるような状況。

若い、可愛い、いい匂い・・・

一度、恋に落ちると、それが本物であるという理由を探し始めます。

「この子にとって、今、一番近くにいるのは俺だ」
「今後、一生印象に残る男は俺だ」
「この子を手に入れなければ、俺は一生後悔するであろう」

文章にすると大変怖いですが、恋ってそんなものです。

そんな状態だったため、普段以上に気合いが入ります。
人一倍どころか、人百倍熱心に教えます。

厳しい指導ではなく、1から10まで教えてしまうような感じでした。

そんな私の接し方を、彼女も嫌がっているようではありませんでした。
と、いっても本心はわかりませんが・・・

当然、周囲からは「あいつ等デキてるんじゃ?」なんて噂も聞こえてきました。

徐々に、彼女を独占したいという欲求が強くなっていき
彼女が他の男性としゃべっているのが気になってしかたがなくなっていきました。

例えそれが、仕事の話だろうが関係ありません。

「あいつと何の話をしていたのだろうか」
「随分と楽しそうにしゃべっているなあ」
「まさか、今夜飲みに行こうって誘われたのかな?」

まさか、まさか、抱かれてないだろうな・・・
本当、恋は人を盲目にさせます。

 

そして、出会ってから半年、ついに行動に出ます。

サシ飲みへの誘いです。
なぜか出張している最中に決心しました(笑)

しかし、とても通常の精神状態では誘えそうにないため
アルコール様の力を借りることにしました。

顔を赤くした状態で出張先から帰社(不良社員ですね)
真夏だったので、顔が赤いのは日焼けの所為にし
酔った勢いで、なんとかサシ飲みへのお誘い成功。

1回目のサシ飲みは完全なる消耗戦に終わりました。
5時間近く飲みました。(長時間のサシ飲みは非モテ行動です)

2回目も同じような状況。

そして、3回目の飲みで、大失態を演じてしまいます。
キスを迫ってしまったのです。

今考えると、全くキスが出来る関係性ではありませんでした。
そして当然撃沈。

次の日以降、空前絶後の気まずさ。
もう、消えてしまいたい気持ちでした。

つらい

悲しい

誰か助けて・・・

 

そんな絶体絶命の状況を救ってくれたのは
とある恋愛についての教科書でした。

毎日のようにネットで恋愛ノウハウを探しまくっていたところ、
『イサキ』という方が執筆された恋愛教材に目が止まりました。

かなり高額だったので、購入を散々悩みましたが、
数日後、この教材を手に入れたのでした。

詳細は別の記事で解説いたしますが、とにかく半端ではない恋愛知識の数々でした。
そこには、私のような絶対絶命の状態から逆転・挽回する方法まで載っていました。

この出会いを起点として、私の人生は大きく変わることになります。

先ほどの新人ちゃんとの関係性も、イサキ氏のノウハウで挽回することができました。
しかし、彼女を手に入れることはしませんでした。

なぜなら、自身のモテ度の高まりにより、
本命女性一人だけに絞ることが出来なくなっていたのです。

様々な女性にアプローチをかけることが楽しくなってしまったのです。

女性を口説くって、こーゆーことだったんだ。まるで単純作業のようだ・・・

職場や知り合いの女性とサシ飲みに行くことが増え、
状況次第では、その日にホテルにいくことも。

女性を口説くことへの意識が明らかに変わってきました。

 

【 第7段階 】 脱非モテ期

成功するか失敗するかは別として、様々な女性を口説けるようになってくると
別の欲求が頭をよぎるようになりました。

通常、生活している中で出会える女性は限られている。
もっと、多くの女性と接してみたい。口説いてみたい。

そんな中、私は、また大きな出会いをします。
最強ナンパ師の『岡田尚也』さんです。

ネット上にこの岡田氏が実際にナンパをしている音声が置いてあり、
軽い気持ちで聞いてみたところ、その堂々たる誘い方に驚愕しました。

しかし、私は、そのナンパの手法に驚いた訳ではありません。
モテる男のしゃべり方に衝撃を受けたのです。

こ、これだ。これがモテる男のしゃべり方。

この音声教材も高かったのですが、
私は、迷うことなく、岡田氏の手掛ける音声教材を手に入れました。

これも詳細な解説は別の記事でいたしますが、
私のテリトリーは大幅に増加しました。

女性を前にしてオドオドしている私は、もういませんでした。

女性に対する、接し方やしゃべり方、扱い方、
その全てが変わりました。

 

長き間、非モテ状態の中、あがき続けてきたのですが
ようやく、7段階の頂点「脱非モテ期」まで昇り詰めることができたのでした。

ここで、はっきりと「モテ期」と明記しないのは、
私自身を「モテる」というのはおこがましいし恥ずかしいからです(^^;)

しかし、もう一つの理由は、非モテは、モテないことを指しますが
モテは多様である、ということです。

この記事でもお伝えしましたが、
様々な女性からちやほやされることもモテでしょうし、
気になった女性を確実に口説き落とすこともモテです。

あるいは、ストリートで女性をナンパし、その日に関係をもつこともモテでしょう。

重要なのは、モテの種類ではありません。非モテから脱することなのです。
非モテから脱することができれば、理想の自分に出会うことができるのです。

人は変われます。

あなたを覆っている皮膚は1ヶ月後から2ヶ月後には、新しいものに変わっています。
心だって数か月もあればガラッと変えることができるのです。

女性に対する表情や態度、挙動、どれも改善は可能なのです。

行動する前に諦めてしまうのはもったいないです。
人生は一度きりなのですから。

非常に長い記事になってしまいましたが、
お読みいただいて、ありがとうございました。

 

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