愛のキャパシティ理論(一途な愛が必ずしも良いとは限らない)

 

kyapashi

 

きよぺーです。

あいつよりモテるブログ!
ご覧いただきまして、ありがとうございます。

今回は、愛のキャパシティ理論と題しまして、
各個人が保有する愛の量についてお話ししたいと思います。

そして、一途な愛が必ずしも良いものとは限らない、いうことを
解説したいと思います。

 

さて、世間一般では、
「一途な愛」が賞賛され、「浮気者」が非難される傾向にあります。

当り前だろうが、と思われるかもしれませんね。

ただ、私は、この傾向について、いささか納得ができておりませんでした。

なぜなら、一途な愛を受けている女性が、必ずしも幸せというわけではなく、
浮気者の夫を持つ奥さまが、必ずしも不幸せかというとそうではないからです。

 

そこで、私はある一つの理論を構築するに至りました。
(大袈裟で、すいません)

それが「愛のキャパシティ理論」です。

中身は、単純な話なのですが、要は、
人間各個人が保有している愛の量は、さまざまであるということです。

これと一途さとどう関係するかを解説いたします。

 

まず、平均的な男女が保有する愛の量を100とします。
そして、愛の受容量も100です。

なので、平均的な一途なカップルにおいては、
お互いが、相手に100の愛を与え、
そして、100の愛を受けているというわけです。

ところが、例えば男性が浮気をしている場合ですと、
彼女に70、セフレに30などと愛が按分されます。
受容量が100の彼女は、十分な愛を受け取っていないことになります。

セフレの存在に気が付いていなくても、
彼女は、彼からの愛に不満を抱くことになるでしょう。

このように、一途な愛でないとやはり望ましくないのではないかと
思われるかもしれませんが、そうではないのです。

それが、愛の量が100でない場合です。

例えば、愛の量が30しかない男性がいた場合はどうでしょう。
彼女に一途な愛を与えていても、30です。
この男性の彼女は、愛されているとは思わないでしょう。

ゲーム依存などその他趣味に没頭している男性が当てはまります。

また、愛の量が150ある男性の場合ですと、
彼女に一途な愛を与えると、受容量が100の彼女の場合、
容量オーバーを起こします。

今、何をしているのか。誰と会っているのか。
常に彼女の行動が気になってしまう
ストーカー体質の男性などが当てはまります。

 

いかがでしょうか。

このように、一途な愛が必ずしも良いとは限らないのです。

そして、この理論でいくと、浮気が一途な愛に勝るケースも出てきます。

例えば、愛の量が150ある男性が、浮気をしているとします。
ですが、浮気相手に50しか与えていなければ、彼女には100です。
上記のような、依存症彼氏やストーカー彼氏などよりも
彼女は幸せなのではないでしょうか。

 

ただし、当然の前提として、その浮気なり不倫が
彼女や妻にばれていないことが条件になります。

浮気・不倫がばれてしまっては、愛の量も何もありません。

当サイトでも、何度もお話ししておりますが、
愛する人を傷つけてはいけません。

ばれなきゃ良いという言葉は、好きではありませんが、
私は、浮気・不倫は、相手の知るところとなった時点で
罪になると考えております。

モテる男になるために、常に相手女性の幸せを考えることが
重要なのです。

ちなみに私の愛の量は、230と勝手に思っています(笑)
急いで振り分けないと大変な訳です。

 

記事をお読みいただきまして、ありがとうございました。

きよぺーでした。

 

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