私とオナニー

 

onaniiii

 

きよぺーです。

あいつよりモテるブログ!
ご覧いただきまして、ありがとうございます。

 

今回の記事は、読んでも全くあなたのプラスにはなりませんので、そのつもりでお読みいただければと思います(笑)

 

オナニーとの出会い

さて、あなたはいつ「オナニー」を始めましたか?

30代中盤の私ですが、オナニーを始めた日の事は明確に覚えています。

それは、中学2年生が終わろうとしていた2月。

まさに高校受験を本格的に始めようとしている時期ですね。

 

当時、テレビはリビングにしかなく、当然パソコンなどはありませんでしたから、エロい 「映像」が見たいのであれば、これはかなりの危険を犯すしかありませんでした。

毎夜、親が寝入ったのを見計らってリビングに降り、テレビの前に。

いわゆる「深夜放送」を見る為です。

 

命がけでエロを求めた

今は、テレビ番組で「おっぱい」を拝むことは出来なくなりましたが、当時はわりと簡単に見ることが できました。

ゴールデンタイムにもおっぱいが出てました。(志村けんさんの「バカ殿」とか)

親と一緒にテレビを見ているときにおっ ぱいが映った時のあの気まずさといったらありません。

 

そんな時代ですから、深夜の時間帯にはよりエロい映像を見ることができました。

特に、23時以降にエロを目的として放映していた番組を「深夜番組」と言って、思春期の男子は 大変お世話になったものです。

 

さて、そんな深夜番組を見る為に、夜な夜なこっそりとリビングに降りていた私。

部屋の電気は消したままです。

テレビのスイッチをつけ、速攻で音量を下げます。

音量は微かに聞こえる程度にし、テレビごと毛布をかぶり音や光が周りに漏れないように する。

音については、イヤホン的なものを使うこともできましたが、親が起きてきたときのため に、周囲の音を感知し続けなければならないため、それは出来ませんでした。

また不意にイヤホンが外れた時に大音量でエロい音が漏れるリスクもあったため、私はイ ヤホンは使いませんでした。

 

静寂につつまれた空間。

家族の誰かが寝返りを打ったその音すら感知できました。

さながら忍者のようです。

 

エロ情弱だった私

しかし、驚くべきことに、当時の私は「オナニー」というものを知りませんでした。

もっと言えば「射精」を知らなかったのです。

ただ、エロい映像を見んがために、テレビにかじりついていたわけですね。

ぼんやりとエロいものを見た時に、チンチンが「立つ」ことだけはわかっていた。

そんな、エロ情報弱者だったわけです。

 

今思い返せば、当時「性教育の授業」ということで、男子女子に分かれて「妊娠」を始め 「性」にまつわる話を受けていたと思います。

でも、その時は「先生がなんだかエロい話をしている」くらいで、内容は頭に入っていな かったんですね。

ましてや、中学生ですから、学校に行けば、当然エロい話になっていたハズ。

いくらでもエロい知識は入ってきそうなもの。

恐らく、まだ開放的にエロい話をする土壌がなかったのだと思います。

 

さて、こんなエロ情弱な私でしたから、初めての射精には驚きました。

そして、その時のことは明確に覚えています。

当時流れていた深夜番組の中でも最もエロかったのは「おとなのえほん」という番組でし た。

おっぱいが出るのは当たり前。

どうしたら女性を感じさせることが講義してくれるコーナーもありました。

(まあ、ここで得た知識はその後10年以上使う機会がなかったわけですが・・・)

 

そんなエロ満載の当番組において最もエロいコーナーが「AVインフォメーション」とい うコーナーでした。

今では信じられないのですが、一押しのAVを2本づつくらい紹介してくれるコーナ ーだったのです。

そして、なんて人間工学に基づいているのでしょうか、画面の端にあと何秒後に一番の抜 きどころがくるのかを教えてくれるカウントダウンの表示がありました。

今でいう「○○まであと○秒後」みたいなものですね。

それの先駆けだったわけです。

 

しかし、当時の私は射精もオナニーも知らなかったため、これが何を表しているのかわら りませんでした。

そんな中学2年生の私に事件が起きました。

 

初射精を母に報告

いつもどおりにAVインフォメーションを見ていた時、立っているチンチンが突如猛烈に 熱くなってきたのです。

いままでの人生で感じたことのない感覚。

そして、その熱は透明で濃厚な唾液のようなものとして放出されました。

 

私は焦りました。

深夜にこっそりとエッチな番組を見ていたことで「天罰を受けた」のだと真剣に思いました。

現在は、何か調べたいことがあれば「グーグル先生」に聞けば分かりますが、当時はわか らないことがあれば聞けるのは学校などにいる「リアル先生」か両親くらいなものです。

 

なんと私は、次の日に「母親」にこのことを話しました。

「お母さん聞いてくれ。俺のチンチンから唾液のようなものが出たんだよ」と。

母は「きたないわね」と言い、その場を去りましたが、私が何のことを言っているのかは、すぐにわかったハズです。

これほど後から思い返して「顔から火が出る思い」はなかったです。

 

その日から私は、ほぼ毎日欠かすことなくオナニーを続けていきました。

中学時代から高校時代は、毎日1~2回くらいはしていました。

 

しばらくオナニーの回数を記録につけていた時期があり、公式最高記録は浪人時代の1月「91回」でした・・・

 

くだらない記事をお読みいただき、ありがとうございました。

きよぺーでした。

 

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